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企画展「記憶の中のコマ世界:マンガIN台湾」

  • 開催日:2022-04-23
  • 開催日:2022-10-10

前書き:台湾読者の漫画記憶

20世紀初頭から、マンガという連続的なコマをもって物語ることを特色とする文化的媒介は、台湾で流布されていた。日本時代の『のらくろ』の中の黒犬、そして戦後のヒーロー的な漫画キャラ諸葛四郎は、台湾でよく知られる漫画キャラである。『国語日報』を購読していた人ならば、決して『Henry』(小亨利)や『腕白デニス』を見逃さないだろう。『中国時報』で掲載された『烏龍院』の愉快な師弟四人も印象深い。世代を跨いだ台湾人の共通の思い出と言ったら日本漫画に間違いない。漫画も、読者の現実世界に対するイメージを変えており、例えば『タンタンの冒険』(丁丁歷險記)や『王家の紋章』(尼羅河女兒)などの作品に、虚構と真実の内容が交差し、読者の歴史や地理への好奇心を惹き起こした。漫画も時には権力者によるマインドコントロールの道具ともなり、愛国精神のプロパガンダを始め、いかに良い学生、良い国民を作るかという役目も果たす。

漫画をめぐる記憶から出発するこの展示は、異なる時代の台湾人の漫画にまつわる記憶のかけらを探し、人々の漫画への記憶を蘇らせる。さらには、漫画の特質や楽しさを理解し、私たちの記憶の中に漫画にまつわる思い出を発掘することが期待される。

一、日本統治時代における庶民の漫画経験

日本統治時代に、台湾人は新聞・本屋・図書館などを通して漫画に触れた。1930年前後、最大手の新聞『臺灣日日新報』には、コミックストリップが掲載され、漫画作品の広告も見られる。『少年倶楽部』のような総合雑誌に載せた時のみならず、連載されたのち、漫画単行本に集結された『漫画ダン吉』や『のらくろ』は本屋を通して注文でき、また台湾の図書館の蔵書にも入っており、当時大変人気のある作品でであった。しかし、そういう漫画は、後期に入ると、多かれ少なかれ日本の軍国主義とナショナリズムのイデオロギーが含まれていた。漫画は娯楽の一種でありながら、統治者が人民を教育するための媒介でもあったことがわかる。

二、子供向け雑誌と貸本屋

戦後初期には、台湾の子供らは子供向け雑誌によって漫画を読むことができた。1950年代に、児童を対象とする総合雑誌が発行され、その中に学習的な内容、挿絵入りの小説、コミックストリップが入っている。このたぐいの雑誌は1950年代半ばから盛んになり、漫画連載も雑誌の人気企画になり、『漫画大王』のような漫画だけを掲載する漫画雑誌も創刊された。1960年代に入ると、雑誌が停刊したが、漫画の単行本は貸本屋に現れ、漫画を読む欲求の強化は大量生産につながり、有名な現地の漫画家もこの時期に頭角を現し

2-1 小学生の課外読み物

1950年代の子供向け雑誌は、出版者によって、政府のものと商業系のものの二種類に分けられる。『小学生』、『小学生画刊』は政府出版物の代表格であり、直接に教育システムに入り、科学的な基礎知識、忠孝節義の道徳内容、愛国の物語、如何に良い学生やいい公民になるかということをテーマとする正式なものに対し、民間の出版する子供向け雑誌は『学友』や『東方少年』を代表とし、冒険、文芸、歴史などの挿絵小説や物語風の漫画が主な内容であり、当時台湾の漫画家の主要な発表の舞台になった。子供向け漫画はひろく受容され、同時に児童の社会認識を形作った重要な教科書以外の読み物だと言えよう。

2-2 漫画の貸本屋

貸本屋は日本統治期から台湾に出現した。初めの頃はリヤカーに漫画を載せて移動し、人の流れの多い場所に設置する移動式の貸本屋もあったし、街角や壁に設置する固定的な屋台もあった。漫画は簡易な棚と縄で展示したり吊ったりしていた。戦後初期の台湾は経済的に困窮する人が多く、沢山の人が一冊の漫画を囲んで読むシーンは、貸本屋でよく見る景色であった。1960年代の貸本屋には、冒険物、SF、ギャグ、文学や恋愛ものなどの漫画があり、その中で一番人気のジャンルは古代中国を背景とした武侠漫画であった。

三、海外漫画の輸入

長い間にわたって台湾の読者は海外の漫画に触れる機会を多く持ってきた。1950年代から、『中央日報』や『国語日報』などの新聞は紙面の多様性を高めるため、欧米のコミックストリップを輸入して読者の興味を惹きつけようとした。セリフにユーモアがあり教育的・啓発的な内容のある欧米のコミックストリップは、子供向けだけでなく、よく英語学習のテキストにも使われた。日本漫画の場合、戦後に非正規ルートで流通されたが、子供向け雑誌に掲載されていただけではなく、貸本屋でも日本漫画の単行本のコピーが出現した。「編印連環圖畫輔導辦法」(漫画を編集・印刷することについての検閲方法)が実施された期間、特に1970年代後半に、日本の漫画は翻訳やイラストの手直しを行うことで審査を通過し、大量に生産・消費され、次第に台湾人の漫画のマーケットの主流となった。

3-1 漫画を読んで英語を学ぼう

1950年代から、台湾の一般人は新聞で欧米のコミックストリップを読むことができた。例えば『中央日報』で掲載されていた『ブロンディ』(白朗黛)や『国語日報』で掲載されていた『HENRY』(小亨利)や『ワンパクデニス』(淘氣的阿丹)など。出版社も「漫画を読んで英語を学ぼう」というキャッチコピーで中国語英語併記の欧米コミックストリップを大量に出版したため、そういう作品に忠実な愛読者ができたほどだった。ブランディ、ヘンリー、スヌーピー、ガーフィールドなど欧米漫画のキャラは、台湾のこの世代にとって子供時代の思い出となった。

3-2 海賊版の日本漫画

1970年代の後期から、貸本屋(漫画レンタル屋)の漫画はだんだん日本漫画が主流になった。当時、台湾の出版社は無断で日本漫画を中国語に翻訳して、国立編訳館の審査に送ったが、審査を通すために、大量に内容を変えることが多かった。例えばキャラの名前や地名を中国風に変更し、着物を中国式の服やチャイナドレスに変え、さらに「善良的な風俗を維持する」ため、男性のキャラのロングヘアを短くした。1992年に著作権に関する法律が成立した後、日本の漫画も正規のライセンスを取得して台湾で出版され、多くの作品名やキャラの名前がようやく「元の名前に戻された」。日本の漫画が台湾で複数の翻訳名を持つのは、このためである。漫画作品の翻訳名に対する異なる記憶も、読者の世代間格差を反映している。

四、爆発的な漫画ブームの到来

1970年代末から1980年代の間、漫画雑誌が次々と創刊された。なかでも1983年から『中国時報』で連載されていた『烏龍院』は大いに人気を呼び、台湾のローカル漫画が改めて人々の注目を集め、新たな漫画ブームが到来した。

1980年代から1990年代の漫画雑誌は、それまで海賊版として流通していた日本の少年漫画・少女漫画が正規のライセンスを取ったものや、欧米の漫画スタイルに近いものや、ローカルの独自性を構築しようとする漫画雑誌なども現れ、香港からの漫画も一定の地位を占めていた。多元性のある漫画誌を通して、読者の視野も広くなった。

五、デジタル時代のコミック

21世紀以降、デジテルネイティブの若者にとって、漫画、小説、ドラマなどの娯楽はほぼデジタルメディアで入手される。ペーパーの漫画もデジタルメディアに取って代わられ、実写化されたアニメやドラマを見てから、原作の漫画作品を見る人も少なくない。漫画もデジタル化されて大量に流通し、例えば電子書籍、SNSでのイラスト、スマホで読むのに適したウェブトゥーンなどもある。現在の大学生にとって、記憶の中の漫画と言えば、本棚にある漫画ではなく、パソコンのディスクメモリやクラウドサービスに貯蔵されるデジタル化された漫画、そしてスマホで手軽に見られる一ページ漫画だろう。

5-1 ミックスメディア時代の漫画の生存術

台湾には、日本のような漫画の産業チェーンの統合化やマーケッティング化する強力なアニメ産業はないが、漫画のコンテンツを各種のメディアに改編する試みが見られる。2001年に日本漫画『花より男子』をドラマ化した『流星花園』の視聴率が高く、アジア各国へも展開し、台流ブームの始まりとなった。同じようにドラマ化された『用九柑仔店』、『神之鄉』もあり、最近台湾漫画のミクスメディアの事例が増えている。舞台化されたり、あるいは文学小説を漫画化したり、ゲームやオーディオ書籍に開発されるコンテンツもある。ミックスメディアの統合化は漫画のデジタル時代における生存術である。とはいうものの、どんなメディアに関わらず、最も重要なのは、いいコンテンツである!

5-2 未来に向き合う:デジタル化された漫画の発展

デジタル時代に紙媒体は次第にデジタルメディアによって取って代わられ、漫画読者の読書方法も変化してきた。漫画を手に持ってページをめくったり、見開きを眺めたりすることを好む読者でも、デジタルの読書経験はすでに私たちの漫画の日常生活に入ってきたことに気づくだろう。SNS、漫画サイトのプラットホーム、携帯アプリを通して漫画を読む以外、デジタル化された漫画は双方向的な仕掛け、3D、AR/VR/MR、そして映像、音楽の特別効果の使用も加えられることで、読むことにさらに新鮮な五感の体験を添える。デジタル化された漫画の未来には無限の可能性があり、このような新しい形もきっと次の世代の漫画に対する記憶になるに違いない。

結び:皆の記憶・メモリーにある漫画

Comics are a part of our childhood memories and, even today, remain central to the lives of many readers.

漫画は多くの人の子供時代の記憶の一部であり、多くの読者の生涯に欠かせない心の糧でもある。

こっそりと布団の中で漫画を読んだことがある?学校へ漫画を持って行って親友に見せようとしたけどあいにく没収されたことない?

漫画を読んで専門的な知識を研鑽し、あるいは偉い人になるぞと志した?

漫画に対する情熱などについて友達と長話しても全然疲れないよね。

漫画が私たちにもたらしたのは共通の思い出のみならず、私たちの、世界を認識する源であり、それは人々のイデオロギーを形作りもしたし、あらゆる時代の様子を反映した。しかし、科学技術が急速に変化し、紙の媒体が衰える現在、多くの人の漫画に対する記憶も薄れつつある。私たちは、博物館を通し、人々のため、こうした記憶の中のコマ世界を保存し、さらに漫画の様々な側面と可能性を示すことによって、これからも漫画が台湾の文化・創作環境を豊かにしていくことを願っている。