はじめに
1920年着工の嘉南大圳ですが、1924年の雲林地域の濁幹線の開通から、2024年で取水100周年を迎えます。また、台湾で貯水量最大の曾文渓ダムは1973年に完成、2023年に50周年を迎えました。このことは、嘉南平原にとっての水利事業の重要性を表し、それと同時に台湾水利施設発展の縮図にもなっています。
世界中が気候変動に直面している今日、当館は本展示を通じて、水環境変遷への理解を深めたいと考えています。展示にあたり、以下の三つの問題について考えてみたいと思います。
一、蛇口をひねると水が出ますが、この水はどこから来たのでしょうか?
二、あなたの家から一番近い水路、灌漑用水、自然河川について考えたことはあるでしょうか?
三、一般的に、地球上で北回帰線が通る場所は乾燥した砂漠地帯が多いですが、同じく北回帰線上にある嘉南平原は台湾の穀倉地帯と呼ばれています。それはなぜでしょうか。今では当たり前の存在ですが、それは本当に当たり前のことなのでしょうか。
嘉南大圳100周年を前に、当館は新しい博物館の発想から、領域横断的な共同執筆を行い、「流域共構」という展示を企画しました。2020年から2023年の間、当館は分野を超えた嘉南大圳の研究に着手、「当たり前」と考えられていた水環境を新たな視点から考察、歴史的な観点から過去の水環境を見つめ直しました。台湾歴代の水利工事の発展や水利工事関係者だけではなく、工事と環境との関係性、また水利システムが各分野のプロフェッショナルな技術の融合であること、伝承されてきた複雑な知識体系についても紹介します。流域が個人と社会の命の体系を生み出したのです。
水環境と水資源の利用
現代生活は水の取得がとても便利なので、台湾が長い時間をかけて、水利施設を整備してきたことに思い至る機会は少ないでしょう。清朝時代の自然環境を「利用する」方法から、日本統治時代の技術で自然環境を「改造する」方法、また現代はエコ意識が高まり、水利工事も従来以上に自然環境との共存が重視されています。日本統治時代の台南州の行政区域は今の雲林、嘉義と台南にまたがっています。本展示では、現在の雲林、嘉義、台南の水利会(現在は農業部農田水利署、嘉南・雲林管理処)に保管されている未公開の水利地図と史料を利用、水空間・水資源と社会地方の関係性を解読しました。
環境を活用して作る用水路工事/土地の条件に合わせた嘉南大圳
台湾の川は急流が多く、水を貯めるのに不向きです。1920年代以前、嘉南平原の農業環境は劣悪でした。水害、干害が頻発する気候条件下で、15万甲(約15万ヘクタール)の耕地に生きる人々は、天候の変化に頼って生きていました。また、低地のため排水も悪く、耕地には向いていませんでした。技師八田與一は限られた予算と水資源、更に農業生産力向上が求められるプレッシャーの中で、嘉南大圳と烏山頭ダムを完成させ、3年交代の灌漑制度を考案しました。八田與一と西洋教育を受けた技師たちは土地の環境条件を活用しながら、現地で材料を調達、雲嘉南平原に地域・環境を超える大型水利工事を完成させたのです。
水利工事従事者百態
現代の水利工事技師や農業用水施設管理者の課題は、百年前の八田與一達と変わりません。工事前の精密な調査、設計や緻密な工事工程、さらに工事完成後の定期、不定期のメンテナンス、管理等です。嘉南大圳完成の背後には、八田與一をサポートした水利のプロの存在があります。それによって、雲嘉南平原の環境条件及び当時の需要に合わせた灌漑システムを構築できたのです。現在、各領域に所属する現代の水利工事技師たちも、その専門知識を活用しながら、台湾の水資源のために尽力しています。
共同執筆から共同企画まで:雲林、嘉義、台南の水文化を記録
嘉南大圳百周年を迎えて、当館では2020年から2023年に中央行政部門の各水利専門業者と研究チームを結成、水利施設に保管された地図資料や歴史的な資料を共同研究しました。博物館の研究ツール、手法を利用、史料に記録された土地の実地調査、考証を行い、歴史的な探究から、水利の専門家と共に現代の水資源不足解消のヒントを探りました。
流域から共同構築される「私たち」
現在の水利システムは過去における水資源、水利工事と環境との間のバランス調整の結果です。西洋科学技術を用いて、地形的な制限を克服、小範囲の用水路から整備し、それをより広範囲の水利システムへと発展、さらに地域や環境を越えた水利システムを作り上げたのです。気候変動の激しい今日、水害や干害問題はもはや地方的な問題ではなく、社会全体の問題になっています。水が水環境を構築、土地に住む様々な命をつなぎとめているのです。
本展示は公的部門をはじめ、教育団体・地方組織と連携、共に学習・執筆・企画した成果です。2023年末、当館では水利・農業・学校・市民等8つの団体や組織、また国立台北芸術大学博物館研究所の教員、学生とも協力しながら、水利に関する知識を台湾水文化発展のための共同展示として作り上げました。産業、政府、教育機関の協力によって、気候変動や水環境の変化に対する社会の注意を促し、将来起こるであろうリスクについて考えることができる島となるよう願っています。